非公認地球防衛軍 第四章 〜不安 1〜


 晶はベットの上で布団にくるまり膝を抱えていた。布団から覗く瞳には、生気がなく目を赤く腫らしている。
「……いつまでこうしてなくちゃいけないの……ボク…もう元に戻れないのかな……」
 晶が学校を休んでいる5日もの間、一日の大半をこうしてベットの上で過ごしていた。
 何度も学校が恋しくなった。クラスのみんなの顔が見られれば、どれだけ勇気が沸いてきただろうか……「学校に行きたい」という衝動が有っても、こんな姿では外に出ることすら出来ない。この前のような事が起こらないとも限らないからだ。それが怖くて一歩も外へ出ることが出来ないでいた。それに加え、晶は電話にも出ようとはしなかった……声の質まで変わっているので「女になっている事がばれるのではないか」そう思うと受話器を取る勇気が出なかった。しかし、友達からは男女を問わず、毎日電話を掛けて来てくれた。明美などは1日に3回から5回は掛かってきた。
 明美の電話だけは一度取ろうと考えた。頼りになる明美なら、自分の事を解ってくれるかもしれない。女になった晶を受け入れてくれるかも知れない。だが……こんな現実離れした事を誰が信用してくれる人がいると言うのか……晶はメッセージを聞きながら涙を流す事しか出来なかった。
 澪や葛西からも何度か電話があった。葛西は兎も角、まだ澪を許す事が出来ない。今電話をとっても話し合いになどならない。もっと悪化する可能性もある。そんなリスクを負うよりも出ない方が良い……晶は電話を無視し続けた。
 話したいのに話せない……話す勇気が出ない。電話の前でメッセージを聞きながら、晶はその苦しみに耐えていた。
 友達の優しさは、直接マンションへの訪問と形を変えた。何人かの友達を引き連れて……時には明美一人で来る事もある。扉の覗き穴を覗きながら、何度も声が出そうになった。扉を開けてしまいたかった「助けて、誰かボクを助けて……」と叫んでしまいたい。
 明美が立ち去るまで、扉から離れられずにいた……扉越しに、友達の優しさを少しでも味わっていたかったのだ。そして最後に、必ず心の中で「ありがとう」と叫んでいた。
 澪も一度、マンションを訪ねて来た事がある。しかし、今は顔を合わすのが嫌だった……澪の仕打ちが許せなかった。でも……会いたい。澪の胸に飛び込んで思いっきり泣いてしまいたい。そうしたら、どんなに心休まる事だろうか……それが出来ない。初めての恋に破れた晶は、頑なに扉を閉め続けたのだった。
「今、何時だろう……」
 何をするでもなく、こんな生活をしていたら時間の感覚まで失われていく。傍らに置いてある時計に目をやると夜の11時を過ぎていた。
「もうこんな時間…………時間なんてどうでも良いのに……」
 精気のない瞳のままベットを抜け出しリビングへ向う……
 寝室の扉を開けた時、電話が鳴った。今日は誰からだろう……ボタンが音に連動して光を放っている。その光に導かれるように電話に近づいていった。
 5回鳴ると留守番電話に切り替わり、もう自分の声ではない声が電話から聞こえてくる。不思議な感覚だった……
<はい、冴木です。お電話ありがとうございます。申し訳ありませんが只今留守にしております。よろしかったらメッセージを残してください。どうぞ……ピーッ>
 『もしもし……明美です。何で何日も学校休んでるの? 病気でもした? もしかしてサボり、それならたまには私も誘ってくれれば良いのに……』
 いつものように明美の明るい声が留守番電話に録音される。
 昨日も掛かってきている筈なのに、まるで長い間会っていない懐かしい人の声を聞くように、果てしない距離を感じる……受話器を取りたいと言う衝動に駆られ、右手が動くが、取る勇気が出ない……
『……それじゃ、早く学校出て来てね。待ってるからね……おやすみなさい……』
 ガチャ…プー…プー…プー…
「……おやすみなさい……」
 電話が切れると、再び深い孤独感が晶の胸を支配した。
 一人でいる事は慣れている筈だった……今までもずっと一人で生活をしてきた……本当の子供じゃないと言われた時の孤独感……両親が死んだ時の孤独感……
 それとは違った孤独感が晶に重くのしかかってくる。
 澪に会いたい……悔しいけれど晶には澪を嫌いになる事など出来ない。でも……会って何を話せばいいのか……この不安な気持ちを澪にぶつけても良いのか解らなかった……
 澪とシンディの事を考えると胸が苦しい。何故、二人が……これは多分、嫉妬……自分でも何となく解る。澪を一目見た時からを好きになっていたのかも知れない。始めて会った時から引かれた……血がそうさせたのかも知れない……でも、自分を裏切った澪がどうしても許せない晶もここにいる。
 同じだった……
 毎日……何度考えていても、何一つ前に進まない。堂々巡りの繰り返し……
 晶は始めて恋に落ちて、始めて恋の苦しみを知った……
 クゥ〜
 お腹が鳴った……
「……アハハ……何でこんなに悩んでるのに、お腹は空くんだろう……」
 何だか可笑しくなってきた。両親が死んだ時もそうだった。人間どんなに落ち込んでいてもお腹はすく。それが、可笑しくてたまらなかった。『親が死んでも食休み』と先人は良く言ったものである。
「悩んでいてもしょうがない……ううん、悩むのはしょうがないんだよ。誰にも解って貰えないから……でも、みんなはどんどん前に進んで行っちゃう……ボクだけが取り残される……そんなの嫌……どんなに苦しんでも、みんなといたい……澪といたい……ボクを置いてかないで……ボクも歩き出すから……歩かないと何も始まらないから……」
 少しだけ前に進めた。考えを変える事で、少しだけ吹っ切れた様な気がする。後ろを向いていたのが、前を向けたような気がする……いや、前を向けた。
 答えが出ると考えがどんどん広がっていく、悩みが薄れていくのが解る。何で答えを出すのに、これ程時間が掛かってしまったのだろう。
 クゥゥゥ〜
 再びお腹が鳴った。晶はお腹を押さえて、微笑む。
「わかったよ。今なんか作るから……なんか、凄くお腹が空いて来ちゃった……」
 色々と余裕が出てきたら、我慢できない程の空腹感が襲ってきた。晶は小走りにキッチンへ向かい、冷蔵庫を開いてみる。
「……何にもないや……そうだよね、全然買い物に行ってないもの……買い物は明日行くとして……しょうがないからコンビニで何か買ってこよ」
 買い置きをしない冷蔵庫の中は、この5日間で空っぽになっていた。
 外へ出るのは少し抵抗があったが、空腹には勝てない。コンビニは歩いても5分程の所にある。この時間だ、人にも余り合わないで済むだろう。晶は極力男らしい服装を選び、駆け出してコンビニへ向かった。
 その顔には、先程までの悲痛さは無くなっていた……
 夜の住宅街を走る晶の頭上には、綺麗に欠けた三日月が怪しく輝いていた。
 
 葛西、澪、シンディの三人はモニターを眺めながら『ホッ』とため息を付いた。
「晶ちゃんも何とか落ち着いたみたいだな……明日晶ちゃんの所行ってみろ」
 三人が眺めていたモニターには、晶の部屋の中が映し出されている。葛西が始めて晶のマンションを訪れた時に、30台ほどの小型カメラを設置して置いた。そのカメラを使い晶を監視していたのだった。
 何とも趣味の悪い行為であるが、現状を考えると、もの凄く役に立っていた。
「ああ……明日、行って来るよ……それより、こっちの原因は解ったのか」
「いや、全然……全くもって、これっぽっちも解りません…………って言うより、ただお前がシンディとやりすぎなんじゃないの……」
 晶が一人悩んでいる最中に、こちらはこちらで深刻な問題が発生していた。
 澪の力が落ちているのだ。
 5日前……晶が研究所を飛び出して行ってから、日を追う毎にパワーが落ちてきているのだ。1日目はスピードが落ち、2日目には衝撃波が打てなくなった。今では、葛西とのチェンジと余り変わらない位まで、能力が格段に落ちている。
「……それか、もうすぐチェンジが解けるかだな……しかし、参ったな……こんなチェンジのしかたじゃ、武器の開発も続けないとダメだな」
 ここ1ヶ月は、テストなどの制作・集計に追われ新しい武器の開発など全くやっていない。しかも、晶が見つかった事で、そんな物は不必要になると思いメンテナンスすらやっていなかった。
「……でもこんなに力の出せる波があると、晶とチェンジするより、良太としてた方が何かと安全なんじゃないかな……始めは良いけど2、3日続けて戦う羽目になったら大変な事になる……」
 確かにその通りだった……昨日まで有ったパワーが次の日には使えないとなると、戦いに関してこれほど不利な条件はない。徐々についていける様になるのなら、対処のしようが有るが、どんどんついていけなくなるのでは、やられることは目に見えている。
「……それに後遺症か何だか解らないけど、やたら犯りたくてしょうがない……晶を見てると、女に変わっただけで特に変化はないみたいだけど……俺の場合は、良太とのチェンジの時より精力が確実に強くなってる……」
 最低でも日に5回はしないと治まりが着かない程、精力が強くなっている。これも、戦いには不必要な事だ。
 晶とのチェンジは不安要素しか見えてこない。晶の存在とは一体どう言う意味があるのだろうか。
 葛西は、預かった文献、書庫に残っている膨大な資料を始めから洗い直したが、それに繋がる事は何一つ見つからなかった。
「とにかく、明日は晶ちゃんの所へ行って謝るなり何なりして、晶ちゃんをここへ連れてこい。話はそれからだな……さーてと俺は風呂入って寝るから後は好きにしてくれ……あーシンディ、余り声は出さないようにね」
 そう言うと葛西はサッサと自室へ戻っていった。
 葛西が消えると澪はシンディを後ろから抱きしめた。手は迷うことなく胸と股間に伸び、そのまま愛撫を始める……
「はあぁ……もうっ……ここではダメです。ちゃんとベットの上で……ねっ。」
 まるでSEXを覚えたての男の様に、二人になると始めてしまう澪であった。
 
 翌日、明美は珍しく遅刻ぎりぎりに教室のドアを開けた。
「おはよう……」
「珍しいね。こんなに遅く来るなんて」
「うん、ちょっと寝坊しちゃって……走った走った。間に合わないかと思ったよ」
 席に着くと同時に、チャイムが鳴る。荒くなった呼吸を整えつつ周りを見渡す。
 やはり千秋も美保もいない……いつもの様に鞄は机の横に掛けられており、登校してきている事を示している。しかも、今日は昨日以上に空席が目立っていた。
 明美のクラスは38人、晶と澪は今日も来ていないが、それを覗いても10人の席が空席になっている。その全ての席に鞄だけを残して……
 晶の事も気になったがそれ以上に、この異常な状況が気になった。幾らなんでもエスケープする生徒が多すぎる。
 程なくして、担任の澤井が神妙な顔をして教室に入って来た。
「起立……礼……着席……」
 クラス委員長である明美の声が、暑さの残る教室の中に響く……
 澤井は教室を眺め一つため息をついた……
「……このクラスもサボる生徒が増えて来たな……みんな聞いてくれ、最近学校全体で授業をサボる生徒が大変多くなってきている。まあこのクラスの状況を見れば解るとは思うが……イジメが有るのかと言うとそうでもない。授業をサボって喫煙をする者が増えてる訳でもない。どうも解らんのだ……学校へは登校して来ているし、授業も全然出ない訳でもない。学校を抜け出している形跡もない……サボる生徒と話しても、ちぐはぐで話にならん。職員会議では罰則を与えようと言う声も上がったが、俺はそんな事で直るとは思わない……取りあえず、俺を抜きにして、クラスで話し合ってみてくれないか……教師に話せない事も沢山あるだろうし、俺達が厳しく言っても直る物でもないと思うから、お前らに一旦は任せたいと思う……滝沢、サボってる連中が戻ってきたら、それとなく聞いといてくれ」
 そう言うと、澤井はホームルーム時間を余して教室を出ていった。
 澤井に言われるまでもない。確かにここ最近のエスケープは異常だ。ただ遊びたいだけなら学校になど登校してこないだろう。
 一体、授業をサボって何をやっているのか……
 一人二人なら、見つかりもしないだろう……これだけ人数がまとまっていれば教師の目に付く。しかし、見つかって教室に戻される生徒は、一人もいなかった。
 授業開始前までに戻ってくる生徒は一人もおらず、チャイムが鳴ると何時も通り一時間目の授業は開始された。
 その日10人の生徒は、お昼はおろか6時間目の授業が終わるまで一度も戻ってこなかった。それどころか、自習の時間が3時間もあった。教師は始めだけ顔を出すと、自習を告げそそくさと教室を後にして行くのだ。
 明美は、6時間目が終わり、教室に戻ってきた美保達を捕まえ問いつめようとしたが、皆何かに操られたように『ごめん、いそいでるから』の一言を残し、教室を後にした。
 生徒達は、皆疲れた様子で、見た目にも具合が悪そうな生徒も何人かいた。それを見てしまうと無理に引き留めることも出来ず、結局何も聞くことが出来ないまま、教室に残されてしまった。
「……一体、何なのよみんな……」
 ふと、晶の机が目に入った……
「……もしかしてこれって晶ちゃんが休んでるのと何か関係してるの……みんなが授業サボりだしたのって、晶ちゃんが学校休みだしたのと同じ日だよね……晶ちゃんだってこんなに学校休む子じゃないし、私の知らない所で何かやってるの……」
 あろう事か、明美は晶に疑いを掛けてしまった。確かに、晶が学校を休みだしたのとエスケープが増えたのは同じ日ではあった。
 何をやっているのかは全く見当は付かない。しかし、何かが引っかかるのだ。
 明美はそれを確かめるべく、晶のマンションへ向かった。
 その時、保健室では、澤井と光代がベットで肌を合わせていた……

 未だ日も高く暑さの残る午後4時30分……
 晶は、帽子を目深に被り買い物をしていた。
 この間の事もあり、なるべく男らしい恰好しているつもりなのだが、それが返って目立つのか、商店街でも晶は注目を浴びていた。
 こうなるのが嫌で、今までマンションに籠もっていたのだが、食料が底を付き買い出しに出なくてはならなかった。
──……ハア……又だ、視線を感じるだけで身体が熱くなってくる……
 女性客の多い筈のスーパーでも、晶の注目度は凄かった。
 商品をゆっくり選ぶまもなく、必要最低限の物だけを選び、レジへ並ぶ……その時間がとても長く感じた。買い物のピークよりも少し早いので、レジに並んでいる客も少なく実際は5分も経っていなかったであろう。
 その僅かな時間でさえ、今の晶にとっては耐え難い時間であった。並んでいる時も、後ろの女性客が故意でやっているのか、やたらとスーパーの買い物籠を晶の躰に当ててくる。
 いつもなら気にならない軽い刺激でさえ、今の晶にとっては苦痛であった。
 精算が終わり、食料をビニール袋に入れ、多少ふらつく足取りでスーパーを後にする。
 足早に商店街を抜けようとするのだが、赤い顔をした晶を見つけ、男女を問わず何人かの人に声を掛けられた。
 表面的には『大丈夫ですか?』と声を掛けてくるのだが、中にはあからさまに晶の躰に触れて来る者さえいた。
 その度に、気力を振り絞って振り切るように走り出す……今までで、こんな疲れる買い物をした事が無かった。
 それらを振り切りながら、ようやく晶はマンションの見える所までたどり着いた。ここまで来れば住宅街なので、商店街とは違い格段に人通りが少ない。
 晶はようやく歩を遅くした。敏感な躰で足早に歩くのは辛い、息も僅かではあるが荒くなっていた。
「晶ちゃん!」
 聞き慣れた声が、後方から晶を呼び止めた。
──……滝沢さん……
 逃げ出したい気持は有るのだが、咄嗟のことで躰が言うことを聞かず、その場に立ちつくしてしまう。
 振り向きもしない晶に業を煮やしたのか、前に回り睨みつけた。
「晶ちゃん。挨拶もしてくれないなんて随分じゃない。何か後ろめたいことでもあるの」
 「何かあるのでは」と睨んでやって来た明美であった。何時もなら気が付いたであろう晶の変化に、気が付く事が出来ないでいる。
「…………」
 何を言っていいのか解らない晶は、声を発することさえ出来ず俯いてしまう。
「学校を休んだ6日間、一体何しての? その様子だと躰の具合が悪かった訳じゃないみたいだね……」
 明美の鋭い視線が晶の躰に突き刺さる。その冷たい視線でさえ躰全体を刺激した。
──……そんなに……見ないで……かっ躰が……
 小刻みに震える躰を見て、何時もと違う違和感を感じた。
「……晶…ちゃん……? あなた、本当に晶ちゃんだよね?」
 いつまで経っても返事をしない晶の腕に恐る恐る手を伸ばした。目の前に居るのは本当に晶なのだろうか……顔を見た限り晶なのは間違いない。
「ねぇ……何とか言ってよ。晶ちゃんだよね」
 腕を掴み躰を揺すった。
「……アッ…………」
 腕を捕まれた瞬間、躰に電気が走った……今までとは明らかに違う感覚であった。それに耐えられず、その場に崩れ落ちそうになる。
 明美は、慌てて抱え上げるように躰を支えると必死になって晶に呼びかけた。
「……晶ちゃんどうしたのしっかりして……しっかり……」
──……アアアッ……だめ……滝沢さん……ぼくの躰に触れちゃ……力が……
 激しい快楽の中、落ちるように意識が薄れて行く。いくら小柄な晶でも支えきる事が出来ずに、腕の中から滑り落ちていく。
 躰が宙に浮かぶ感覚がする……その倒れかかった躰を一人の男が支えた……ハッキリしない頭の中、晶はある人の声を聞いた……その声は、心の中では今一番会いたいと思っている人の声だった。

つづく(第四章 不安2)
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