Virus 第一章 〜検索 3〜


 酒井優美に手を引かれ、萌は教室の扉を潜った。
「みんな〜! 萌だよ。萌が無事戻ってきたよ〜!」
 その声に注目が集まり、萌の顔を確認すると教室内に歓声が上がった。
 多くの生徒が駆け寄ってくる。クラスメイトの退院に喜びの表情を浮かべ、拍手で萌を迎えた。
 女生徒など代わる代わる抱きつき、中には頬にキスをする者までいた。
「ありがとう。ごめんね心配掛けて! でも、もう大丈夫だから」
 それでも、騒ぎは収まらない。この湧きようから、クラスでの萌の人気度が伺えた。
「萌!」
 叫びに近い声が教室に響き渡った。
 一同その声に振り向き、道を開ける。
 その先に、一人の女生徒、相田加代が立っていた。
 二人の視線が絡み合う。加代は必死に笑顔を作っていた。
「……加代…」
 名前を呼ばれると笑顔は限界を超えた。
「……萌……」
 大粒の涙が頬をつたう……
「萌ェ〜」
 加代は走り出し、萌の胸に飛び込んでいった。
「萌…萌ェ……心配したんだから……もし萌に何かあったら私……私……」
「加代ッ…加代、痛いよ……大丈夫だから、ちゃんと元気になったから……」
 その言葉にも、泣きやむ事は無く、むしろ先程よりも強く萌を抱きしめた。
 長い髪の両側を赤と白のチャックのリボンで結び、大きな目に涙をいっぱい溜めている姿は、普段でも幼く見える加代を更に幼く見せていた。
 泣きじゃくる加代の頭を撫で、そっと抱きしめる。
「本当にゴメンね。もう、何処にも行かないからね」
「……ホントだよ……」
 そんな二人の姿をクラスメイトは優しい眼差しで見つめていた。
 裕美が、萌の耳元で囁く。
「萌が交通事故で意識不明だって聞いてから加代大変だったんだよ。授業中でもずっと泣いてて、萌の意識が戻った時なんて、学校休んでまで病院に行ったんだから、結局病院では会えなかったみたいだけど」
「そうだったの…」
 加代を見つめる瞳には、更に優しさがこもる。
 意識が戻ってから退院までは、驚くほど早かった。医者や両親の脳を少し操作した為だが、生徒や教師はそんな事は知らない。突然の登校に驚くのも無理はなかった。
 こうしている間も、加代は一向に萌から離れようとはしない。それは、彼氏を心配していた彼女の姿にしか見えなかった。それでも周りにいる生徒達は、それが当然であるかのように、騒ぎ立てる者はいない。
 二人は、学校でも有名な同性愛カップルだった。
 萌は、別に男性と付き合った事が無い訳ではない。しかし、どうも男性といても落ち着けず、3年になった時、偶然同じクラスになった加代に一目惚れをしてしまったのだ。加代も萌に告白をされても驚く事は無く、あっさりとその告白を受け入れ、翌日にはクラス全員にカミングアウトしてしまったのだ。AIが萌の記憶を辿っても「沖田」と言う名前の記憶が無かったのはこういう理由だった。男に興味が無く、いくら学校で有名な男子生徒であっても「男」と言うだけで、対象外になってしまった為に「沖田」と言う記憶が無かったのだ。
「加代、もう泣きやんで……」
「……ウゥゥ……ダメだよ……涙、止まらないもん……」
「相田、最近泣き虫になったよな! 前はあんなに気が強かったのにな」
 男子生徒が何時までも泣きやまない加代に、少し意地悪な声をかけるが、声にはどこか暖かみが含まれている。
「……しょうが…ないでしょ……嬉しいんだから……え〜ん」
 再び萌の胸に顔を埋めて鳴き始める。
「しょうがないな〜! 萌、うるさいからどっかつれてっちゃって! この調子だと授業始まっても泣きやまないよ」
「えっ……でも、さっき授業出るって言ってきたばっかりだし……」
「大丈夫! タッキーには上手く言っておくよ。まぁ、ばれてもタッキーだって今日ぐらい大目に見てくれるでしょ」
 その発案に、みんな同意し二人を教室の外へと押し出した。
「ちょっ……」
「じゃあね〜。明日からはちゃんと来るんだよ。萌!」
 有無を言わさず教室の扉は閉じられ、数秒後、扉は開かれた。
「はい! これ、加代の鞄。バイバァ〜イ」
 こうして二人は、笑顔で教室を追い出されたのだった。
 クラスメイトの理解ある行動に、少し唖然としながら教室の扉を見つめるが、折角の行為だ無駄にすることはない。
 萌は未だ鼻を啜っている加代の顔を覗き込んだ。
「……まぁいいか…加代。いつもの所へ行こう」
「うん」
 加代は泣き顔のまま、少しだけ笑顔を含ませ頷いた。
 休み時間も後数分を残している。二人は足早で一階まで降りて、校舎の外れへと向かった。
 目指す場所は、演劇部の部室。二人は演劇部の部員だった。
 演劇部といっても萌と加代の二人しかおらず。部室自体が二人の恰好の隠れ場となっていたのだ。
 部室に向かう途中でチャイムが鳴った。幸いな事にここまで来ると人気がほとんど無く、何人かの生徒とすれ違ったが、教師とは一度もすれ違わなかった。
「加代、カギ出して」
 言われるまま加代は携帯電話を取り出した。学校で二人っきりになれる大事なカギだ。加代はストラップ代わりに携帯電話に付けていた。そこは現代の女の子、携帯電話がない生活など考えられる筈もなく、携帯電話に付けて置けば忘れる事もない。
 携帯電話を受け取り、周りに誰も居ない事を確認してからカギを開け、素早く部室内へ躰を滑り込ませた。
 真夏に、クーラーも入っていない部室は、想像以上に暑苦しい。
 それでも今この時間に、二人っきりになれる空間は貴重だった。
 薄暗い部室には、今まで使われてきた大道具やら照明、小道具までが所狭しと置かれている。しかし、それは乱雑に置かれているのではなく、狭い部室を有効に使えるよう配置され、中心に三畳程のスペースが空いている。
 そこには、パイプ式のベットが置いてあった。先輩達がいらなくなったベットを保健室から譲り受け、舞台で使ったのだろう。ベットは少し錆び付いている。
 しかし、ベットに敷かれた白いシーツは、薄暗い部室に小さなステージがあるように浮かび上がっている。
 部室内がいつもより綺麗に片づいているようだった。萌のいない間、加代が毎日のように掃除をしていたのだ。
 ここに来ると二人だけの時間が思い出され、不安に陥ることが多かったが、ここには二人だけの思い出が数多く残っている。その思い出にすがりついていないと不安に押し潰されてしまいそうになる。「もし、萌に何かあったら……」そう考えるとここにいるのが苦痛になる。「戻ってきて、部屋が汚れていたら……」と考えれば何時戻ってきても良いように掃除をした。意識が戻ったと言う知らせが入った時は、一人部室にこもり嬉しさで泣きながら掃除をした。大きな物は一人では動かせないので大道具の配置などは変わりはしないが、床を磨き上げシーツも新しい物に変えて萌の帰りを待っていたのだった。
「掃除して置いてくれたんだね」
「……うん。この部屋が綺麗にしておけば、きっと萌は帰ってくるって思えたから……えへっ……なんか可笑しいね……」
 萌の生還を再認識した加代の頬には、一粒の涙が流れ落ちていった。
「ありがとう…加代の思いがきっと奇跡を起こしてくれたんだよ」
 どちらからともなく抱き合い。唇を重ねた……何と甘い、何と愛を感じる口付けなのだろうか、二人の姿からは同姓という違和感はなく美しい彫像のようであった。
 長い長い口付けだった……時間が止まったように二人は動かず唇を重ねることだけで愛を表現しているようだった。
 加代が深く愛を求めてきた……
 大きく唇を開き、萌の上唇と下唇に激しく吸い付いてくる。舌の愛撫に刺激され萌の唇もうっすらと開かれ、それを待っていたかの様に、舌は唇を割り奥へと突き進んでいった。
「ううううっ〜ん」
 その喘ぎはどちらの唇が発したのだろうか……二人は激しく唇を重ね舌を絡める。先程までの美しさは、見る影もなくなっていた。そこには「淫」という文字が似合う風景になっていった。
 スローモーションのように、ゆっくりと光る糸を残して唇が離れていく、加代の瞳は先程までの涙とは違う光を放って潤んでいる……頬を赤く染め、淫らな光を含んだ瞳で萌を見つめ続けている。
「……カギ掛けておかないとね……加代……自分で服を脱いでなさい」
 加代は言われるまま服を脱ぎ始めた。薄暗い部屋で加代の白い肌が露わになっていく。小さい胸、細いウエストは、幼い顔によく似合った体型と言えた。蒸し暑い部屋の中、裸になった加代の躰は、汗で光を放っているように見えた。
「綺麗よ…ベットに行って準備をして……」
 萌はイスに座り、近くにある扇風機のスイッチを入れた。生暖かい空気が、萌の頬を撫でる。
 ベットに横たわった加代は、物欲しそうに萌を見ながら両胸を揉む。先程のキスでかなり性感帯が解放されていた為に、程なくすると可愛らしい口から官能の声が漏れて始めた。
 頬を赤く染め、潤んだ瞳で萌を見つめる。胸に刺激を与えていた左手は、ゆっくりと下半身へと這っていく。薄い茂みを越え、指先は秘裂へと辿り着いた。
 既に流れ出す程、加代の秘裂は濡れていた。丸い珠に触れると、萌を見つめていられなくなる程の快楽が、加代の躰に広がった。
「ああああっ……」
 一際大きくなった加代の喘ぎ声を聞きながら、萌の右手も自らのスカートの中へと入っていく。右手が辿り着いた萌の股間は、パンティーの上からでも濡れているのが充分に解った。
「萌……お願い…もう…もう……意地悪しないで……早く…早く私と一緒に…」
 切ない加代の声が、甘い香りと共に萌の股間を刺激した。
 その呼びかけに微笑みながら妖艶に立ち上がり、制服を一枚一枚脱いでいく。
「ああ……」
 脱ぎ落とされていく制服が肌を刺激する。その僅かな摩擦に萌の躰は敏感に反応し、頬を染め唇からは小さな吐息が漏れた。それだけで股間が濡れていくのが解る…パンティーを脱ぐと秘裂に当てられていた部分から粘りけのある糸が伸び、愛液は太股をゆっくりと流れ落ちていく。
 その薄明かりに輝く雫を見つめ、加代は両手を広げ萌を導いた。
 膝を乗せたベットが小さく軋む。覆い被さるように、加代を見つめる。
 二人の視線が絡み合った……自然にこぼれる笑顔……二人の愛の深さが、その笑顔に出ているのだろう……萌と同化したAIにとっても、愛すべきパートナーである事には変わりなかった。
 絡み合った加代の太股には、萌の液が流れ落ちていた。肌を触れ合っているだけで、柔らかい快楽が全身に浸透していく。
 胸の先端が微かに触れ合う。そこに火花が弾けたように強い快楽が飛び散る。
 声にならない喘ぎが二人の咽からこぼれ出る。今度は自らの意志でゆっくりと胸を重ね。優しく触れ合い……そして、強く重ねる。二人は強く抱きしめ合った。
 今まで離れていた時を取り戻すかのように、再び唇を重ねる。
 加代の瞳から涙がこぼれ落ちた……喜びの涙が……
「よかった…本当によかっ……」
 萌は加代の唇を優しく塞いだ。
「もういいから、もう何処にもいかないからね」
 萌の唇は、首筋から胸へと軽くキスをするように、性感帯を刺激しながら降りていく。
 胸の膨らみが近づいてきた…唇を離し、中から赤く濡れた舌がはい出してくる。その舌はまるでナメクジのように加代の肌の上を這い回る。胸に渦巻きを描くように、内側へ……敏感な先端部分へ、ゆっくり…ゆっくりと……
「はああっ……だめぇぇぇ……」
 それだけの行為で、加代の躰からは汗が噴き出してくる。その汗は甘い香りとなって萌の鼻をくすぐる。
 する方もされる方も、秘裂からはタップリと液が流れ落ちている。
 舌が核心部分へと辿り着いた。少し周りを旋回しながら、一気に硬くなった乳首を口の中に吸い込んだ。
「あああああっっっ……いいの…いいの…」
 乳首に吸い付くと同時に、萌の右手は、指が触れるか触れないかの位置をキープしながら、お腹から太股へ這わせていく。その手の動きに合わせ、加代の躰が小刻みに痙攣する。筆でなぞられるような気持ちよさに耐えられず萌の右手を掴み股間へと導いた。
「ここ……ここに…ここにして欲しいの……お願い……加代もしてあげるから……」
 加代の手が、萌の股間へと伸びる。溢れ出た液がの掌へと流れ落ちてくる、加代の指は何の躊躇もなく、萌の秘裂へと突き刺さった。
「ああっ……だめぇぇ……」
 立場が逆転した様に、今度は萌の甘い喘ぎ声が洩れる。二人はお互いの秘裂に指を差し入れ、快楽をむさぼっている。
 二人の指先は、いやらしい軽快なリズムを奏でながら、奥へ奥へと進んでいく。
 萌の動きが止まり掛ける……硬く瞑られた瞳は、必死に快楽をこらえている様子だった。途切れ途切れに動かされる指は、加代の奏でる快楽に負けている様子だった。
 それに気が付いた加代の指は、更に速いテンポで動き出す。
「はああぁぁん……だめぇぇ……そんな…に…しちゃ……」
 言葉とは裏腹に、腰は別の生き物の様に動き、より深い快楽を求め出す。
 それに反応して加代の指は更に強いビートを奏でる。
「あああっ……いくぅぅぅ……」
 二人の甘い香りが部室の中に充満していく、先に絶頂に達したのは萌の方だった。秘裂から吹き出した雫で、加代の下半身を濡らしていく。
 雫を絞り出してから動きを止める。水を掛けられたように濡れている手を一舐めする。
「……相変わらず萌は、感じやすいんだね……うれしい……」
 絶頂に達した萌の指は、動きが止まっていた。
「はあっはあっ……だって……」
 加代は力の抜けた萌の躰を起こし、片脚を抱えた。
 そして、自らの脚を交差させるように差し入れ、秘裂同士を重ね合わせた。 
「…はあぁぁ……」
「…くぅぅ……」
 二人の喘ぎと愛液が混ざり合う音が聞こえた。
「萌……いくよ……」
 お互いに、ゆっくりと腰を動かし始める。躰は直ぐに反応した。
 秘裂が擦れ合う度に、熱がこみ上げてくるように頭のてっぺんまで快楽が伝わり、躰を跳ね上げる。
──ああん……ダメェェ…頭が……頭(CPU)が暴走しちゃう……
 何もかもが真っ白になっていくような錯覚に陥ってしまう。それを何とか押さえ加代を見詰め返した。
「……加代……今度は一緒に…ね……」
 それに答えるように微笑み、加代は腰を抱く。少し角度を変えただけで、違う快楽が襲ってくる。
 珠と珠がぶつかり合う……珠がぶつかった瞬間に、電気のような鋭い快楽が体中を駆けめぐる。下半身ではお互いの液が混ざり合い、先程にも増していやらしい音を奏でる。
「……あああっ…萌……すごい…グチョグチョになってる……」
「……加代だって……いっぱい…濡れてるよ……いい……凄くいいの……」
 腰の動きが一段と早くなっていく。二人の喘ぎ声は、悲鳴に近い物になっていた。
「……ああああっっ……萌……萌……いくぅ……いっちゃうぅ……いこう……ねぇ……一緒にいこぅ……ああっ……ダメェ〜……もうだめぇ……」
 お互い身体を反り、腕を支点に僅かに浮かせながら腰を振る。美しい表情…快楽に溺れる美少女二人……硬く目を瞑った瞼からは、快楽の涙がこぼれ落ちた。
「イクぅぅぅ……」
「イッちゃうぅぅぅ……」
 二人の喘ぎ声が部室に木霊する。
 絶頂を向かえた躰からは汗が吹き出し、秘裂から出る大量の愛液でシーツ汚していた。
 快楽で震える躰を起こし中心で抱き合う。荒くなった息が耳元をくすぐる。躰は快楽を相手に伝えるように痙攣を続け、それを感じ取った二人の顔からは幸せに満ちた微笑みがこぼれていた。
 至福の時間が過ぎていった……どちらともなくキスを交わし、濡れたシーツも気にせずに、ベットへ横たわる。
 扇風機の風が、火照った体に気持ちが良かった。久々の行為に二人は、何時も以上に感じ合っていた。心地よい脱力感が二人の躰を襲う。それは、二人を眠りへと誘う麻薬のような心地よい疲れだった。

 6時間目の授業が終わるチャイムで、萌は浅い眠りから目を覚ました。横では加代が微笑みを浮かべながら可愛らしい寝息を立てている。
──レズって、なんて気持ちいいんだろう。自分一人でやってるのと全然違う……もしかして男の人やったら、もっと気持ちいいのかな……
 人間界に出てきてからは、未だ一人でやる事しか無かったAIにとって、他人と肌を合わせると言うのが、こんなにも心地よい物だとは思いも寄らなかった。
 そんな事を漠然と思いながらも「このまま欲望に負けてしまったら、他のウイルス達と変わらなくなってしまう」加代と肌を合わせたのは、あくまでも萌と言う人間になりきる為、正体を隠す為だ。と言い聞かせるのだった。
 とにかく、今日は沖田学を調べなければならない。生徒会長も気にはなったが、学校にまでパソコンを持ち込んでいるのはかなり怪しい行動だ。ウイルスであれば、常にパソコンなどを携帯しておきたくなるのは当然だろう。
「……ううん……萌…起きてたんだ……」
 横で寝息を立ていた加代が、気だるそうに瞼を開いた。目を擦りながら見つめる加代の表情が可愛らしい。また抱きしめてしまいたい衝動を抑え萌は躰を起こした。
「うん、ちょっと前にね…そろそろ行かないと」
「えー何でー…もうちょっとこうしていようよ、久しぶりに会ったんだから…それで、いつもの喫茶店行ってパフェ食べよう。退院祝い! あたし、何杯でも奢ってあげるから」
 加代は萌の腰に抱きつき甘えた声を出す。人間の躰に入ると何と意思が弱くなるのだろうか、あちらの世界にいた時ならば誘惑に負ける事はなかった。現状を考えた場合、直ぐにでも学を補足しておいた方がいいのは明白だ。しかし、加代の甘い誘いに、かなり心が揺らいでいる。
 その揺らぐ心を無理矢理押さえつけ、優しく加代の腕をほどいた。
「今日はダメなんだ…ちょっと用事があって…今度、食べに行こう」
「なんで…今日は久々に会った大事な日じゃない…用事って何? あたしより大事な事? ねえ、教えて…」
 瞳には既に涙を溜めている。こんな表情をされると決心がもっと揺らいでしまう。
「ゴメン、ちょっと調べなくちゃならない事があるの。とても大事な事、加代やみんなの安全の為に、一刻も早く見つけなくちゃならない事なの」
 何故こんな事を言ったのだろうか、こんな事を言っても加代には何の事なのか解るわけがない。
 案の定、加代はポカンとしている。
「…? 何を言ってるの? 私達の安全って何の事?」
「……」
 聞き返されてもただ黙り込むしかない。説明をしても解らない。いや、そんな事は口に出してはいけない事だ。
 真っ直ぐに見つめ返してくる加代の瞳を萌は唯そらす事しか出来なかった。
「……解った。ちょっと残念だけど今日は我慢するよ。萌のそんな困った顔見たくないもん…きっと、凄く大切な事なんだね」
「ゴメン…この埋め合わせは今度するから」
「いいよ。埋め合わせなんて……それに、そんな大事な事なら、あたしが手伝ってあげる」
 いきなりの申し出だった。まさか加代がこの様な事を言い出すとは予想もしていなかった。
「えっ…いや…だっ大丈夫だよ一人で…」
「やーだ。絶対手伝う! だって私達に関係する事なんでしょ…それだったら、手伝うの当たり前じゃない。自分の安全は自分でも守らなくっちゃね。で、何を調べるの」
 既に加代はやる気満々の様子だ。下手な事を口走ってしまったのは確かなようだ。今更、どう言い訳しても加代の性格から後には引かないだろう。
 しばらく考えたが、目標が二人いる以上誰かを頼る事は、効率を考えても悪い事ではない。そう考えた萌は、適当な理由をでっち上げ、加代に話し始めた。
 その話を真っ直ぐな瞳で見つめる加代に、AIは初めて良心の呵責を感じていた。

つづく(第一章 追跡1)
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