新宿漢方堂〈媚薬〉 第二章 媚薬 1


 真緒をホテルに残し、片桐は一人、早朝の歌舞伎町を歩いていた。
 昨日は結局、真緒とホテルに泊まることになった。追いついてきた真緒が、いきなり騒ぎ出したのだ。
 涙を浮かべ「私とは遊びだったの」とか「裏切り者」だとか喚きだした。そんなのは放っておけば良いのだが、騒いでる女が悪かった。周りにいた男共が、真緒を助けようと片桐に詰め寄ってきたのだ。慌てて真緒の口を押さえ黙らせようとしたが、暴れるのを止めようとはしない、しょうがなく真緒の条件を飲むと言うことで決着が付いた。
 あの後、2件のバーをはしごし、ラブホテルに入る羽目になった。
 若さなのだろうか、真緒はつい先程まで、休むことなく求めてきた。それに答え続けた片桐の精力もたいした物だ。
 真緒が眠りに着いたのを確認して、ホテルを抜け出してきた。一緒に行くと言い張っていたが、満足顔で寝ているのをわざわざ起こす必要もない。
 明るくなり出した街中を歩いていると、若い頃を思い出す。昔は良く、朝まで飲み明かしてた。
 ホテル街は、まだ時間が早いこともあって、誰一人として歩いてはいないが、交差点から歌舞伎町一番街を覗いてみると、以外と多くの若者がたむろしている。始発を待っているのだろう。
 その集団を横目で見ながら、地図を取り出す。何度も見なくとも歌舞伎町近辺の地図は頭の中に入っているが、どうしても思い出せない路地にある店を今一度確認する。
 次の道、交番がある角を右に曲がる……見たことのある風景。人通りもない。何故か少し緊張しながら道を進んでいく。
 歩くこと10数メートル、左には大久保病院が建っている。その先の角には大久保公園が見える。記憶となんら変わらない風景がそこにある筈だった……あった……右側に見覚えのない細い路地が……
 全く記憶にない路地の前に立ち、片桐は呆然と佇んでいた。
──こんな路地があったのか……いや……あったかも知れない……
 路地を眺めていると、段々とその路地が昔から存在していたように思えてきた。記憶違いだったのか……
 足を踏み入れる。
 朝の冷たい冷気が、更に冷たさを増したように思えた。
 左右を見渡し、古い雑居ビルが立ち並ぶ路地をしげしげと観察をする。
 目的の店は路地を入って5メートルくらいの所に存在した「新宿漢方堂」田中が噂で聞いた店の名前だ。ビルの地下に続く階段の横に、錆び付いた看板が立てかけてある。
 普段は、片付けてあるのだろうか。ただ立てかけられている看板は、店の営業を意味しているのか。
 地下へ続く階段を覗いてみる。そこは、朝の日差しが差し込んでいるにも関わらず薄暗い。地下1階までしかないのだろう階段はそこで行き止まりになっていた。その踊り場に薄明かりが漏れている。店は営業しているようだった。
 片桐は、階段をゆっくりと降りていく。古ぼけた階段の壁には、無数の紙切れが貼られていた。魔除けの札なのだろうか、オカルト系に疎い片桐には、何だか解らないが、その札を見ていると背筋に寒い物が走る。
──場違いな所へきちまったのか……
 片桐は内心、これはオカルトライターの仕事ではないかと考えていた。
 階段を降りきり、真っ赤な小窓の付いた扉の前に立つ、窓はガラス張りになっており、中の様子を伺う事が出来た。
 中を覗いてみるが、店内には人の姿は見えない。しかし、ノブには営業中の札が掛かっていた。
 うだうだ考えていてもしょうがない、片桐は恐る恐るではあるが、意を決して扉を開け店内へと進んだ。
 ギィィィィ
 鈍い音をたて扉は開かれた。5坪位の店内も、扉と同様に真っ赤に塗られ、棚や床には、所狭しと大小様々な壺が置かれていた。漢方屋の筈だが、漢方薬の独特の匂いは全くしない。
 右側に奥へと続く廊下がり、その前がレジなのだろう。かなり年代物のレジスターが置かれた机が一つ置いてある。
──朝っぱらから営業している割には、店員がいないとは……本当に、やる気があるのか……
 奥の廊下にも、人の気配はしない。
 物が物だけに、盗まれることはないとは思うが不用心だ。
「何の用ね」
 突然、背後から声を掛けられた。驚いて振り向いた目の前に、一人の男が立っていた。入口の扉から入って来たのだろうが、片桐が開けた時のように、扉の軋む音がしなかった。
 目の前の男は表情一つ変えずに立っている。片桐は失礼とは解っていたが、男の姿を上から下までマジマジと見つめてしまった。それほど印象深い男だった。男は丸かった……中国の人民服だろう、良くこれだけの体型を包み込む服が…と思うくらい男は太っていた。細い目に、潰れた鼻、大きめの口、見た目はユーモラスだが、細い目から覗く眼光は、鋭く輝いていた。ただこの男の印象を言うならば、丸いと言う言葉がピッタリくる男だった。
 男はその巨体を揺らし、片桐を横へ追いやり、レジのイスへと腰を下ろした。
「何の用ね」
「アッ、俺…いや、私は記者をやっている片桐と言います」
 片桐は慌てて、ポケットから名刺を取り出し、男へと差し出した。その名刺を丸っこい太った指で受け取り、片桐の顔をマジマジと見つめる。
「片桐さんね、私、王(ワン)言うね。この店へ来れるとは、大したものね」
「いや、知り合いに地図を貰いまして…こんな店が新宿にあるとは知りませんでした」
 王はじっと片桐を見つめていた。
「……いや、失礼…そう言う意味じゃありませんので…今日お伺いしたのは……」
「媚薬の事ね。あなたが来るのはレイラちゃんから聞いてたね」
「えっ…じゃあ、王さんが真……レイラさんのお客さん…それじゃ、この地図もあなたが……」
 なんの為に地図を送ったのか、客寄せの為……そんな風には思えなかった。新宿の情報屋にも知られていない店を営んでいる男が、そんなせこい真似をするはずがない。その疑問を片桐は口にしていた。
「いや、すみません。失礼ですが開店してどの位たつのでしょうか、私もここら辺で仕事をしているのですが、全く気付きませんでした。結構古くから開業しているような佇まいですよね」
 無言であった。王は片桐から、目を離そうとしない。背筋が凍りつくような視線、何やら鬼気迫るものを感じる。このユーモラスな顔からどうして、このような寒さを感じるのだろうか。
「媚薬は確かに、この店にあるね。噂になってるのは、この店の薬の事ね」
 王は片桐の質問には答えず、媚薬の事を語り出した。
「噂の通り、この媚薬は変わってるね。普通の媚薬とちがうよ。女を吸い寄せる事が出来るね、思ってる女だけよ。自分が抱きたいと思った女だけ、抱くことが出来る。めったに作れない珍しい、貴重な薬ね」
 王はレジの横にある棚から、直系1センチ位の玉を取り出した。
「これが、媚薬ね。あなたにあげる。あなた良い精(ジン)を持ってる。薬飲んでも大丈夫。精強くない人、飲むと大変ないことになる。でもあなたなら大丈夫、私が保証するね」
 そう言い、媚薬を差し出した。
 片桐は、差し出された薬を受け取れないまま見つめている。なにやら危ない薬のようだった。精が強い……何のことだかさっぱり解らない。
「大丈夫、危ない薬じゃない。普通の人が飲むとちょっと合わないだけ、あなたには関係ない、あなた程の精、なかなかいないよ」
「あ…いや……」
「レイラちゃんとあなたの精が呼び合ったのね。この薬はずっと、あなたの事まってたね」
 そう言えば、真緒も変なことを言っていた。王はまるで、片桐が真緒と出会い。この店にくる事が解っていたかのような言い方だ。
 真緒があれだけ自分に入れ込む理由が解らない。不思議な出会いである。何でこんなおじさんに……真緒との出会いが仕組まれていたのか考えようとする。だが、関心は既に薬に向けられていた。それは黒い珠だった。黒真珠のような光沢を持ち、店の薄明かりを反射させ、怪しげな光を放っている。
 王は片桐の手を取ると掌の中に落とした。薬は掌の中を転る。薬にしては少し大きすぎる。これを飲むのか舐めるのか……
「飲み込むね。水も飲んじゃダメね。水とは相性が悪い。胃の中に入れば大丈夫だけど、水だけは絶対ダメね。そのまま飲めばいいね……どうした。直ぐ飲むよろし」
 取材はしてこいと言われたが、体験取材をしてこいとは言われていない。このような怪しげな店で、怪しげな薬を出されれば、誰だって躊躇する。
「いや……私は……」
 再び王は鋭い目線で片桐を見つめる。有無を言わさぬその眼光に寒い物を感じる……王に対してだけではない。この薬の輝きも、片桐を尻込みさせる。これを飲むと何か嫌なことが起こりそうな気がした。
 何故自分が飲まなくてはならないのかと言う疑問は湧かなかった。王が待っていたと言うのだから、そうなのだろう。店の雰囲気全体が片桐にそう思わせていた。
「私が飲むのお手伝いしましょうか」
 薬を見つめてた目線を上げる。王の背後に一人の女が立っている。その女を見た片桐は呆然となる。美人だ……いや美女と言う言葉が当てはまるのだろうか? 赤いチャイナドレスに身を包んだ女は優しく微笑んでいた。
 全ての物が、華やいで見える。古くさいこの店ですら、高級感を感じさせ、身につけている物全てが、この美女が付けることに寄って、輝きを放っているように見える。このような美女がモデルをやれば、着た服は次の日には完売になるだろう。
「美星(メイシン)、手伝ってあげるね」
 美星と呼ばれた美女は、ゆっくりと近づいてくる。
 甘い香りが鼻孔をくすぐる……
 男を酔わせる香り……香水などではない、躰から発せられる香りが、片桐を優しく包み込んでいた。
 美星を見た時から股間は、はち切れんばかりに膨らんでいる。更に、ドレスから見え隠れするスラリと伸びた脚を見ていると「この女を押し倒したい」と言う衝動に駆られてくる。
「さすがですね。もうこんなになってしまって、私を抱きたいのですか? そんなに目をギラつかせて……でも、もう少し待って下さい…時が来たら、思う存分私を抱けますから……」
 まるで呪文のようだった。
 今にも飛びつきそうだった躰が、指先一つも動かない。ただ目で、美星の動きを追うことしか出来ないでいる。
 掌から薬をつまみ上げる。
 その薬を片桐に見せながら、悪戯っぽく薬を舐める。しっとりと濡れた赤い唇から出る舌が、なんといやらしいことか。
 赤い唇が薬を飲み込む、口の中で薬を弄んでいるのか唇が僅かに動く。
 首に腕を絡ませゆっくりと顔を近づいてくる。
 鼓動が早くなっていくのが解る。ここ数年これ程まで胸を高鳴らせた事があっただろうか、片桐はまるで初めてキスをする少年のように、胸の高鳴りを止めることが出来なかった。
 唇が重なる。なんと柔らかい唇だろうか、その唇が少しずつ開けられ、舌が片桐の唇を割って入って来た。その舌が、脳までも刺激しているように感じられる。美星の甘い唾液が片桐の口に流れ込む、それを逃すまいと必死に美星の唇を吸った。
 次の瞬間、薬が一緒に口の中に入ってくる。咽にほんの僅かな抵抗感を感じ、薬は胃の中に収まった。そんなこともお構いなしに、片桐は美星の唇をむさぼるように吸い続けた。
 時が止まればいい、そんな青臭い青春ドラマみたいな事を真剣に考えていた。
 しかし、時は止まらない。至福の時間は過ぎ去り、美星の唇はゆっくりと離れていった。
「素敵なキスでした。私もキスだけで感じてしまいました」
 そう言った美星はチャイナドレスのスリットを捲った。そこから見える内側の股には一筋の愛液が流れていた。
 その愛液は、ゆっくりゆっくりと流れ落ちていく……片桐もその止まらぬ愛液のように、ゆっくりと意識が薄れていった。

つづく(第二章 媚薬2)
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